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useless

Oct 19
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嘘かホントかわからないけれど、twitterで勝間和代女史をフォローしていたけれど「役に立つ情報が流れてこないのでアンフォローした」というコメントを某所で読んだ。何か勘違いしていないか。「この人をフォローすると役に立つ」といったリストも時々見かける。twitterに一体何を期待しているのだろう。tumblrについても「効率的に必要な情報が集められる」という解説をする人がいる。いや、それってちょっと違うような。多分、twitterもtumblrも「効率的」という言葉で括ってしまうと、その可能性や意味を大きく見誤る。
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夜のことを一番最初に 「ヨル」 って呼び始めた人の感受性とか表現力がすごいし、それに共感して夜を 「ヨル」って呼ぶことに賛同した周りの人たちの感覚も、超すごいんじゃないかってふと思った。ヨルって。
「ヨ」ではじまって「ル」で終わる。よく考えたらめちゃくちゃ怖い。

でも 「あさ」 は 「あさ」 で、逆の意味でイっちゃってる感があって少し怖い。なんかもうぜんぶ無くなっちゃって、空っぽの状態で、ちょっとバカっぽいくらいなんだけど、空っぽの中心から何か神様的なものの頭が見え隠れしてる感じというか。
たぶん、すごいドジな美少女が最初に言い始めたんじゃないかな。「あさ」って。

そういう意味では 「ひる」 が一番ノーマルかもしれない。「ひる」 って言い始めた人はとても健康な魂の持ち主だと思う。同様に、「おっぱい」 という言葉を考えた人も、まっすぐで心の綺麗な人だったんじゃないだろうか。

もしかしたら 「ひる」 の人と 「おっぱい」 の人は、同じ人かもしれないぞ

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「エレベータに乗って操作盤の前に人が立ってて、行き先ボタンが押しにくい時、欧米では普通にその操作盤の前に立ってる人が「何階ですか」と声をかけ、乗ってきた人が「*階押してください」というコミュニケーションが普通にある。ところが日本では無理にでも自分で押す人が9割を超える」「だから、日本のエレベーターには操作盤が沢山付いている」

自分の事が自分で出来るようになると、コミュニケーションが少なくなって、コミュニティーが崩壊していくそうだ。

自分の事は|日記雑記素記 (via realemotionaltrashbox)

これは本当にそうだと思う。ちょっとしたひと言を言わない世の中にどんどんなってる。

(via infromoutofnowhere) (via theemitter) (via yaruo) (via fukumatsu) (via tuvuan) (via takaakik)

(via lain65) (via shayol) (via petapeta) (via jacony) (via ontheroad)
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「失敬」 といわないヒトが増えているよな。
あとヒトの前を横切るヒトも増えている。

自分がどう見えているかを気にしていない

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「風景」とは観る者の眼差しによってしか生まれないものの見方、切り取り方である。
風景をモチーフとした作品を主体に、そこにある多様な眼差しの提示を行うと同時に「風景」を成立させる眼差しそのものへの意識、ひいては美術を成立させる眼差しへの意識を高める展示を試みます。
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ドイツ在住です。とあるブログでこのトビが紹介されていていたので見にきました。妻がカゼくらいで会社休むな。。。。みたいなレスがやっぱり散見されますね。

日本人って不幸ですよね。働くために生きていて、長時間労働もサービス残業も厭わず、カローシなんて言葉まで世界に広めてしまう。まさに奴隷ですね。その点、ドイツ人なんてホント、働く時間は短いですよ。有給も年間30日全消化あたりまえ。病気の有給も別にあります。残業もほとんどせず。でも、そんな働き方でも一人当たりのGDPは日本より上です。なぜなら、労働効率が高いから。特にホワイトカラーの。

はっきり言いましょう。日本人はただ働くフリをしているだけです。ムダな事を沢山しているだけ。つらい思いをすることが美徳という間違った価値観を植え付けられて、楽をしている奴がいないか見張って我慢大会をしてるだけ。そして「みんな」が参加している我慢大会に参加しないモノはよってたかって攻撃するムラ社会。

このままでは、こんな社会はますます没落していきます。皆さん幸せですか?

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おっぱいの大きさは胸に詰まってる「乳腺」の本数で決まり、その本数は生まれた時に決まってるので妊娠などの際に一時的に乳腺が肥大し大きくなりはするものの外部刺激で大きさが変わる事はないそうな。ソースはanan今月号。
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 一九八五年には、アルコールに加えて麻薬に溺れていた。大方の薬物常習者と同様、それでも辛うじて仕事だけは続けられる状態だった。書けなくなることを考えると背筋が寒くなった。今さら別の生き方は思いもよらない。私はあの手この手で薬物を隠したが、これも恐怖からだった。薬が切れたらどうなるだろうか? 私は誘惑を斥け、堅固に身を持する姿勢を忘れていた。またしてもツタウルシで尻を拭いているようなもので、それも毎日のことである。しかし、助けを求めるわけにはいかなかった。私は凭れ合いを嫌う家庭環境で育っている。煙突のように煙草を吸って、ジェローの粉にまみれて踊り、自分のことは自分のことと割り切るのが私の家の流儀だった。

 とはいうものの、私の中で作品を書き続け、『シャイニング』を完成した一九七五年にすでに自分のアルコール依存に気づいていたもう一人の私はこれを受け入れなかった。この堪え性のないもう一人の私は、たちまち救いを求めて声を限りに叫びだした。そんな私にわずかに開かれている道が、創作と、薬物耽溺だった。一九八五年の末から八六年のはじめにかけて、私は『ミザリー』を書いた。ある作家が狂気の看護婦に監禁され、虐待される話で、悲惨や苦難を意味するこの題名は、いみじくも、当時の私の精神状態を物語っている。一九八六年の春夏には『トミーノッカーズ』を書いたが、脈拍が一三〇に跳ね上がり、コカインにやられた鼻の孔に脱脂綿を詰めて出血を押さえながら、深夜まで仕事をすることもしばしばだった。

 『トミーノッカーズ』は一九四〇年代のスタイルを真似たSFで、主人公の女流作家は地下に埋もれた異星人の宇宙船を発見する。乗組員は冬眠状態で生きている。この異星人、トミーノッカーが付近の住民に乗り移ってところ構わず社会不安を引き起こすのである。住民はエネルギーを与えられ、ある種の技術力を身につける。作家のボビー・アンダースンはテレパシーで動くタイプライターや、原子温水器や、その他もろもろの機械装置を発明する。が、トミーノッカーズに魅入られた犠牲者は、特殊能力と引き換えに魂を売り渡しているのである。この作品はぼろぼろに疲弊した私の精神がやっとのことでひねり出した麻薬とアルコールの寓話だった。

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そもそも、他人に言及されたくない奴がWebで情報発信してること自体がおかしい。
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